Vol.5 ドラゴン橋の奇襲


龍が火を噴くのを見たい。

というわけで、ホイアンからダナンに戻る。

週末だけ、ダナンのハン川に架かるドラゴン橋の龍が火を噴くんだって。

要塞都市ダナン

ベトナム戦争時、際どい戦地での取材を続け、ついにはサイゴン陥落を見届けた近藤紘一氏の著作を長年愛読している。

若くして最初の妻を亡くしたあと、子連れのベトナム人女性と再婚し、サイゴンの下町に暮らし続けた近藤氏の、人情味溢れる描写が好きだ。

市井の人々のしたたかさや、やり手のベトナム人妻が繰り広げる大真面目で頓狂な騒動、血の繋がらない娘への惜しみない愛情。バンコクへ渡り、東京に暮らした一家のこと、パリへ旅立った娘の顛末を、旅先で繰り返し繰り返し読んだ。

新聞記者という、冷静でいなければならないジャーナリストでありながら、自らの著作にはときに激情がほとばしり、その冴え渡る筆致に恋焦がれた。

45歳という若さで胃がんのため亡くなった近藤氏のジャーナリストとしての熱量は、司馬遼太郎をして葬儀の送辞に「なみはずれて量の多い愛」と形容せしめた。

その近藤氏の著作のなかで、「ダナンは要塞都市」という記述があり、私のなかのダナンは厳つい街のイメージだった。

ディエンハイ城と呼ばれた要塞は、いまは博物館になっているそうだ。

しかし! 訪れた現代のダナンは、青い空と白い砂浜が眩しい一大リゾートだった!

まこと、人の世は移りゆくものよ。

ここがかつて激しい戦火に晒された土地とは思えない
ビーチ沿いにはリゾートホテルが乱立、そしてまだまだ建設中。少々、供給過剰気味にも思われる

いざドラゴン橋へ

ダナンは都会でもあり、ガイドブックにはいろいろと訪れるべきお店の情報などがあった。

でも暑すぎて動く元気が出ない。ホテルのプールにぷかぷか浮いたあと、涼しくなったころにドラゴン橋見物に出かけた。

龍が火を噴く話は、やはりラジオでのお話から。

その模様はかなり広範囲から見物できるらしく、川に浮かぶボートだったり、近くの広場だったり、場所の選別に迷った。

パーソナリティの江龍さんに「どこから見るのが一番おすすめか?」と尋ねたところ「橋の上の龍の顔の前が一番アツい!」と教えてもらう。

この単純な基盤目の街でなぜか派手に道に迷ったりしながら、やっとのことでドラゴン橋へ。

ころは20時半。火を噴くのは21時からとホテルの人に聞いた。

とにかく、尋常でない人混みに驚いた。いったいなにが始まるのかという騒ぎである。

人をかきわけ、橋の上の、龍の顔の前へ。ベストポジション確保。

月をバックにライトアップされたドラゴン橋は美しい。なぜこれをここに建設しようとしたのか皆目分からないが、美しいものは美しい。

21時きっかり。

吠えたー!

至近距離で火を噴く龍はけっこう迫力があり、炎の熱さが顔面を覆った。どよめく群衆。

とはいえ、数回、火を噴いておしまい。時間にしてほんの数分である。

これほどまでに有象無象の群衆を集めるほどのショーとも思えなかった。

写真を撮っていたら、後ろにいた若者が、なにかいって私のカメラに手をかけた。

カメラをひったくられるのかと思い、険しい顔で振り返って咎めようとした。

違うのだ、彼は私のカメラを守ろうとしてくれたのだった。

龍が噴いたのは火だけではなかった。みなまでいうまい。誰が考えたか知らないけど、めったくそおもしろいよこれ!

お察しください
みんな嬉しそうだ

奇襲はけっこうしつこく何度も続き、やけっぱちでシャッターを切り続けた。ピントが合わねえ。

龍にしてやられた。こみ上げる笑いとともに、夜は更けゆく。

もし訪れる人がいるなら、おすすめはやはり、橋の上の龍の顔の前です、間違いなく。

橋の上から見下ろせば。この交通量が、東南アジア

近藤紘一氏の著作を挙げておく。絶版になっているものは古本か図書館でぜひ。

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